2012年5月7日月曜日

PEELER/菅原義之「美術散歩」「所沢ビエンナーレ美術展」に ついて


 

「所沢ビエンナーレ美術展」について

TEXT 菅原義之

 

 「所沢ビエンナーレ美術展−引込線」の第1回展は8月28日から9月23日までのほぼ1ヶ月間開催された。場所は西武鉄道の「引込線」で西武線所沢駅から徒歩数分のところ、昨年のプレ展と同様だった。参加アーティスト36名、内容は絵画、彫刻(立体)、写真、映像、インスタレーションなど広い範囲にわたり、現代美術の縮図を見るようだった。
 参加アーティストはプレ展時16名の倍以上、会場も第3会場が増え昨年の2倍近く、第1回展に相応しい内容だった。展示順に作品を何点か見てみよう。


 

 


ジュニア礼拝とは何か

   
戸谷成雄
 大きな会場の入り口近く、天井に届くかのような背の高い作品≪雷神≫である。素材は杉。高さ12メートルで先端はとがっている。表面をチェンソーで削り取りその残渣を焼いた灰を使ってアクリル塗装する。表面の激しく凹凸している肌合いが凄い。色合いも落ち着いていて素晴らしい。迫力ある作品に変貌していた。形状と題名からなぜか避雷針を想像させる。雷神というと俵屋宗達の≪風神雷神図屏風≫が思い出される。角を持った恐ろしい形相の雷神がこの作品の先端に落下し、長い部分を伝わって下に閉じ込められているように思えた。
 

石原友明
 作品は3点。点字付きの大きな凸レンズ≪光。#2≫、天井と床から引っ張られ宙づりになった中が真空のガラス玉≪SCOTIMA≫、点字の絵画≪Blind is Love≫である。レンズの点字は、望遠鏡が発明された当時太陽を見て失明者が出たとの内容。ガラス玉は目に見えない真空地帯の存在。あとは点字の絵画≪Blind is Love≫だ。石原はかつて盲人(男性)と透明人間(女性)との恋愛小説≪美術館で、盲人と透明人間とが、出会ったと、せよ≫を書いた。作品≪光。#2≫は盲人、≪SCOTIMA≫は透明人間か。これがベースにあるのかもしれない。ブラインド(盲目)であればそれだけに見たいと思う。分からないものにひかれる。愛につながるのではないか。コンセプチュアルだが面白い。


 

 

豊嶋康子
 くす玉を扱った作品≪固定/分割≫である。キャプションだけ床上に。「あれっ!作品はどこだ?」。一瞬分からなかった。よく見ると高い天井に。タイトルからみてくす玉をどこに設置=固定するかが重要なことなのだろう。結果として天井に設置した。「固定」のシリーズだと分かるとなぜか面白い。固定の方法によって作品がまったく異なって見えるからだ。また、一般にくす玉は会期の初めに割って「祝所沢ビエンナーレ」などの垂れ幕が出てくるものだろうが、今回は終了時に割るそうである。一般に考えられている「決まりごと、しきたり」を問いなおしてみようとしているようだ。コンセプチュアルな作品である。

 

 


なぜセントトマスは聖人になったのですか?

飯田竜太
 本を素材として彫刻作品≪Book compilation/本の編纂≫を制作する。素材は恐らく百科事典シリーズの1冊ではないか。絵の部分をすべて1枚ずつ切取り大きなパネルにびっしり針で止め、文字の部分はこれも1行ずつすべて切取ってパネル中央にある大きな瓶に入れる。元の本は文字も絵も全くない抜け殻のようだ。言わば本を解体して彫刻作品として再構成しているんだろう。興味を持って見ている人、人である。百科事典が跡形もない見まがうばかりの彫刻作品に変貌していた。ブックカバーの箱で本の内容を確認しようとした。文字部分はすべて切取られ、瓶の中。その徹底ぶりに感心した。ユニークな作品だった。


 

 

   
中山正樹
 人が走っている絵画である。美術の歴史上「未来派」(1909)が登場して今年でちょうど100年。これを記念して未来派的な絵画を描いたとのこと。アーティスト本人が走っている様子である。当時産業発展の典型例として自動車が出現した。未来派はこれを賛美し「…疾走する自動車はサモトラケのニケより美しい」と未来派宣言にて記している。知られたところだ。ミロのヴィーナスに匹敵するニケ像と比較してである。いかにダイナミック(動的)な世界を賛美したかが分かる。革新的考え方だったのだろう。「第1回所沢ビエンナーレ」に相応しい作品ではないか。バッラの犬も描かれていた。
 

 


   

遠藤利克
 大きな鉄板6面が内側を囲むように設置されていた。周りには土がさらっと撒かれていた。隙間から中を覗けない。内側は鏡面貼りのようだ。囲まれた中には水が入っているとのこと。遠藤は水、火、木、土などを素材として作品制作する。火はこの会場では使用不可だ。中が見えないこと、水、土など根源的なものを使用していることなどから何か神聖なところという感じもする。脇にあったテレビモニターには大きな鏡の上に馬1頭の解体像が映っていた。神聖なところの脇にこの映像である。神への「いけにえ」ではないか。第3会場にこの映像の一部、解体物を除いた鏡が展示され痕跡を見ることができた。

 

 


著者の本はwillimonます。

窪田美穂
 第二会場入口には車の痕跡をとどめた作品が展示されていた。タイトルは≪はれもの/景色と肌≫。文字通り「はれもの」かもしれない。この作品は車の写真を撮ってかなりの枚数を複製する。それをグチャグチャに丸めてびっしり車に貼りつけている。車の表面はもとよりドアを開けた車内やトランクの中まで一面グチャグチャ紙で埋められ、形はどうやら車と分かる程度。車がまったく別物に変貌していた。光り輝くきれいな車が解体され、なにやらごつごつした凄い、迫力ある物体「はれもの」に再構成されていた。


 

 


   
富井大裕
 タイトルは≪ball pipe ball≫。このアーティストには例えば≪ball sheet ball≫、≪board pencil board≫などの作品がある。カラーボールの間に透明なプラスチックシートを挟み何段も積み重ねたもの、きれいな色鉛筆を透明なシートに何段も挟んだものなどである。両作品ともカラーボール、色鉛筆を使用し色彩と構成が見事。日常品を使用しただけで見事な作品に変貌させる腕前に感心した。今回は野球のボールとパイプである。色彩の点では目立たないが、規模も大きく特に光源を背に見るパイプの輝きとボールとボールの配置の面白さが目立ち素晴らしい作品に変貌していた。
 

 

伊藤誠
 展示室には何点かの鏡でできた身体に装着する作品≪BOAT≫が置かれていた。目のすぐ下に鏡でできた卵型のボート状のものを水平に装着する作品である。誰でも実験できる参加型だ。実験してみた。天井だけしか見えず歩くことすら怖い。すり足になる。見えるのは普段見る世界とはまったく異なる不思議な世界だった。このアーティストは不思議な形をした立体作品を制作する。不思議な形、意味のない形の作品はそれだけ人の気持ちを自由にさせるという。すぐに何か分かる作品はその形にとらわれ自由な発想が制限されてしまうということだろう。不思議な空間を感じさせる面白い作品だった。もっとあちこち歩きたかった。


 

 



   

白井美穂
 映像作品≪Train in vein≫、≪unknown binding≫の2点。前者はミラーボールの光るディスコで大勢の若者が踊っている。海軍の軍服を着たペリーが登場し笑顔でこれを見ている。後者は一人の男が登場し、逆立ちしたかと思うと野球のバットでいろいろな仕草をする。その男が阿修羅とか軍服を着たペリーに変身する。そのペリーが引込線を走り線路上に倒れ、最後に菩薩だろう白井に抱きかかえられる。ディスコ、野球など現実の世界に対して、ペリー、阿修羅、菩薩など歴史上、宗教上の問題の同時提起である。ズレの世界、不条理の世界が表現されているようだ。ペリーのディスコでの笑顔、引込線を走る姿、菩薩に抱きかかえられる様子には笑ってしまう。一見分かりにくいがよく見ると面白い。

 

 

横内賢太郎
 5点ほどの絵画である。オークションのカタログを写真撮影し、コンピュータ処理して湿った画面に描いて制作するようだ。支持体はサテン地、絵具は染料。一見抽象絵画のように思えるがよく見ると写真の痕跡が分かる。オークションカタログを用いるのは人間の欲望の代表=既存の価値体系を批判的に取り入れているのではないか。これを見直すことで物差しを変質させる。そこに横内独特の世界を構築しようとしているようだ。「たらしこみ」の技法?を用い表現方法からも変質させようとしているのかもしれない。考え方と表現が面白い。


 

 


   

手塚愛子
 ≪通路―テクストのゆりかご≫と題して3点が展示されていた。2点は織物の横糸を外して解体し、作品として再構成するもの。織物の中央部は縦糸だけで全く異なる抽象的な模様に変身していた。手塚の得意とするところであろう。もう1点は刺繍作品。いろいろな言葉がひらがなと英語とで込められていた。「こくみん」、「どういつせい」、「さけめ」、「とうごう」、「あい」、「あく」、「とみ」、「くに」、「きが」、「おきて」・・・・・である。これだけでは推測しにくいが、なぜか世界で発生する解決しなければならない難問を間接的に指摘しているように思えた。下に垂れる糸は何か?涙か。刺繍作品も奥が深く素晴らしい。


   
 このほかにも絵画、立体、写真、インスタレーションなど面白い、素晴らしい作品が何点もあった。残念ながらここに書ききれない。やむなくこれに留めることにした。このビエンナーレを見てより深く広く現代の美術作品に触れることができた。とにかく見てよかった。今後の発展を期したいものである。早くも次回が待たれる。

     
著者プロフィールや、近況など。

菅原義之

1934年生、生命保険会社退職後埼玉県立近代美術館にてボランティア活動としてサポーター(常設展示室MOMASコレクション作品ガイド)を行う。

ウエブサイト アートの落書き帳

・アートに入った理由
リトグラフ購入が契機、その後現代美術にも関心を持つ。

・好きな作家5人ほど
作品が好きというより、興味ある作家。
クールベ、マネ、セザンヌ、ピカソ、デュシャン、ポロック、ウォーホルなど。

 



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