遺伝学的検査に関するガイドライン
遺伝医学関連学会
日本遺伝カウンセリング学会
日本遺伝子診療学会
日本産科婦人科学会
日本小児遺伝学会
日本人類遺伝学会
日本先天異常学会
日本先天代謝異常学会
日本マススクリーニング学会
日本臨床検査医学会
(以上五十音順)
家族性腫瘍研究会
平成15年8月
はじめに
細胞遺伝学,遺伝生化学および分子遺伝学の進歩は遺伝医学の発展に多大な貢献をもたらした.その結果,医療の現場においても,染色体検査・遺伝生化学的検査・DNA検査などの遺伝学的検査が臨床検査の一部として利用されている.これらにより明らかにされる遺伝学的情報は遺伝性疾患の診断,治療,予防,遺伝カウンセリングなどに貢献し,今後益々重要になってくるものと予想される.
一方で,遺伝学的検査においては,生涯変化しない個人の重要な遺伝学的情報が扱われるため,検査実施時のインフォームド・コンセント,個人の遺伝学的情報の保護,検査に用いた生体試料の取り扱い,検査前後の遺伝カウンセリングなど慎重に検討すべき問題が存在している[1,2,3].また個人の遺伝学的情報は血縁者で一部共有されており,その影響が個人に留まらないという際立った特徴も有していることから,新たな生命倫理規範が求められている.さらに最近では,遺伝医学的知識及び分子遺伝学的技術基盤が不十分であり,責任体制が不明瞭であるにもかかわらず,臨床的意義が確立されていない遺伝学的検査を行おうとする医療機関や企業があらわれ,社会的混乱をきたすことも憂慮されている[4] .[注1]
すでに,ヒトゲノム研究の急速な進展とその成果の応用の可能性の拡大を背景にして,基礎研究及び臨床研究のレベルでは,遺伝子解析に関する倫理原則や指針が国によって定められている.まず2000年4月には,ミレニアムプロジェクトの実施に当たって厚生科学審議会先端医療技術評価部会により「遺伝子解析研究に付随する倫理問題等に対応するための指針」(いわゆる「ミレニアム指針」)[5]が作成され,2000年6月には科学技術会議生命倫理委員会が「ヒトゲノム研究に関する基本原則」[6]を策定し,さらに2001年3月には,この「基本原則」を基礎に研究現場で適用されることを目的として「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」(2001年3月)(いわゆる「3省指針」)[7]が文部科学省,厚生労働� ��及び経済産業省によって共通に設けられた.現在,我が国の遺伝子解析研究はこの3省指針に基づき進められている.
診療の場においても,遺伝子解析研究により明らかにされる遺伝学的情報が有効に利用される場面が増加してきている.研究を目的とした遺伝子解析と診療を目的とした遺伝学的検査との間に明確な区別を設けることは必ずしも容易ではないが,遺伝学的検査の適切な臨床応用の施行については,実施に伴っておきることが予想される様々な問題に適切に対応する必要があり,遺伝学的検査に関するガイドラインの策定が強く求められてきた.すでにこれまで日本人類遺伝学会からは「遺伝カウンセリング,出生前診断に関するガイドライン(1995)」[8] ,「遺伝性疾患の遺伝子診断に関するガイドライン(1995)」[9],「遺伝学的検査に関するガイドライン(2001)」[10]が提案され,家族性腫瘍研究会からは「家族性腫瘍における遺伝子診断の研究とこれを応用した診療に関するガイドライン(2000)」[11]が提案されてきた.さらに2001年にはそれらに示された諸原則を包括する形で遺伝医学関連8学会(日本遺伝カウンセリング学会,日本遺伝子診療学会,日本産科婦人科学会,日本小児遺伝学会,日本人類遺伝学会,日本先天異常学会,日本先天代謝異常学会,家族性腫瘍研究会)が「遺伝学的検査に関するガイドライン(案)」(2001)を発表した.また関連して,遺伝子検査受託に関しては社団法人日本衛生検査所協会が「ヒト遺伝子検査受託に関する倫理指針」(2001) [12]を作成しており,日本医師会では第VII次生命倫理懇談会の報告として「遺伝子医学と地域医療」[13]を発表している.
今回,遺伝医学関連学会は,これら学会,団体からのガイドラインをさらに充実させ,我が国の将来の健全な遺伝医療の確立を目指し,改めて診療行為として位置づけられる遺伝学的検査に関するガイドラインを提案することとなった.我々は,最新の遺伝医学的知見の収集について常に研鑚を重ね,遺伝医療において遺伝学的検査が考慮される際に起こり得る倫理的,法的,社会的問題に対して最大の関心を払いつつ,遺伝学的検査が人類の健康と福祉に貢献することを願うものである.遺伝医学関連学会の会員はこのガイドラインを遵守しつつ,遺伝学的検査を臨床の場で実施しなければならない.また,遺伝医学関連学会の会員以外の医学研究機関,医療機関,臨床検査会社,遺伝子解析施設,遺伝子解析の仲介会社, 健康関連企業,マスメディアなどにも,このガイドラインを通じて遺伝学的検査のもつ意味を理解し,本ガイドラインの精神とここに示された諸原則を尊重するように呼びかけたい.
なお,本ガイドラインは,今後の遺伝医学及び遺伝学的検査技術の発展を勘案しながら,必要に応じて随時改定する所存である.
遺伝学的検査に関するガイドライン
I. 本ガイドラインの対象
このガイドラインが適用される遺伝学的検査(染色体検査・遺伝生化学的検査・DNA検査)は,ヒト生殖細胞系列[注2]における遺伝子変異もしくは染色体異常に関する検査,あるいはそれらに関連する検査であり,確定診断のための検査,保因者検査,発症前検査,易罹患性検査(いわゆる体質診断を含む),薬理遺伝学的検査,出生前検査,先天代謝異常症等に関する新生児スクリーニングなどを含む.但し,癌などの体細胞に限局し次世代に受け継がれることのない遺伝子変異・遺伝子発現・染色体異常の解析[注2],細菌・ウイルスなどの病原体の核酸検査,および親子鑑定などの法医学的DNA検査は対象としない.
II. 遺伝学的検査の実施
1. 遺伝学的検査は臨床的および遺伝医学的に有用と考えられる場合に考慮され,総合的な臨床遺伝医療[注3]の中で行われるべきである.
(1) 遺伝学的検査を行う医療機関においては,遺伝カウンセリングを含めた総合的な臨床遺伝医療を行う体制が用意されていなければならない.
(2) 遺伝学的検査を行う場合には,その検査がもつ分析的妥当性,臨床的妥当性,臨床的有用性[注4]が十分なレベルにあることが確認されていなければならない.
(3) 遺伝学的検査を担当する施設は常に新しい遺伝医学的情報を得て, 診断精度の向上を図らなければならない.
(4) 遺伝学的検査は試料採取の容易さのため,採血などの医療行為を伴わずに技術的に可能である場合がある.このような場合であっても,遺伝学的検査は,しかるべき医療機関を通さずに行うことがあってはならない.
2.遺伝学的検査及びそれに関連する遺伝カウンセリングなどの遺伝医療に関与する者は,検査を受ける人(以下,「被検者」という),血縁者及びその家族の人権を尊重しなければならず,また,被検者及び血縁者が特定の核型(染色体構成),遺伝子型,ハプロタイプおよび表現型を保有するが故に不当な差別(遺伝的差別)を受けることがないように,また,必要に応じて適切な医療及び臨床心理的,社会的支援を受けることができるように努めるべきである.
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